高山です。
暑いですよ毎日。標高が高いくせにくぼんだ土地なので熱が逃げにくいのでしょうかね?
さぁ、国語の時間です。
我々の使っている言葉には、意識せずとも上下関係が歴然と現れているのをご存知でしょうか?
たとえば、「払い下げる」
我々は下げられた物を購入ということですね。下げられた=階層化のアンカー
敬語、礼儀などはまさしく階層化のアンカー。
そういった言葉や仕草は知らず知らずうちに、主従関係=階層化を身につけさせます。
日本は儒教に染まった国。非常に階層化、区別、差別が大好きです。
そういった国民性は、使う言語や日常の仕草からにじみ出てくるのですね。
皆さんも調べると色々見つけられますよ
哲学に考古学的手法を取り入れたものが系譜学です。 この観点から私たちの日常を見ると、ある思考によって成り立っているのがよくわかります。つまり、自然のものを誰かによって作られた解釈で理解しているということです。個人的にこう言った物を「思考の檻」と呼んでいます。 この「思考の檻」は言葉、行動、仕草、思考プロセスなど、個人(または社会・集団)の行動すべてにわたって強烈な影響を与えています。時には人の思考を操作することも可能です。 この「思考の檻」を見出すことで、檻に入らずに生きていけたらいいなあと思います。 しかし、何もできてません・・・。完全に、日々の雑感とか自然とか備忘録的な要素であふれちゃってます。
2008年8月6日水曜日
2007年12月31日月曜日
ニーチェの虚無主義と超人
以下ウイキペディアより引用
[編集]
概要 ニヒリズムとは、今まで最高の価値と人々がみなし、目的としていたものが無価値となった歴史的事態のことを言う。
「神が死んだ」後、私たちは科学という新たな神に未来を期待したが、第二次大戦は科学の恐ろしさを、あるいは科学進歩が必ずしも私たちの未来を明るくするものとは限らないということを証明した。
心理学者を自認するニーチェによれば、ニヒリズムは上記のような「精神状態」で、2080年ごろまで続くことになるが、このニヒリズムにおいて私たちが取りうる態度は大きく分けて2つある。
一つは、すべてが無価値、偽り、仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一生懸命生きるという態度(強さのニヒリズム)。もう一つは、何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム)。
ニーチェは前者を肯定し、永遠回帰の思想の下、自らを創造的に展開していく、鷹の勇気と蛇の知恵を備えた「超人」になることをすすめた。
ハイデガーによれば、ニヒリズムの温床は、現実や現世からの超越を主張する形而上学的立場だとされる。
したがって「ニヒリズムの超克」という視点は、「超克」ということにおいて、それ自身がニヒリズムとされ、ニヒリズムの克服を主張したニーチェは「最後のニヒリスト」と見なされる。
「ニーチェの最も過激な門人」と評されるユンガーは、現代世界は、ニヒリズムの境界を通過したと言い、ハイデガーとニヒリズム論を交換している。
[編集] 矛盾点
ニヒリズムはよく真理が存在しないとする信念と表されるが、このような信念を正しいとするのは難しいだろう。
なぜならばもし""真理が存在しない""が正しいとすれば、""真理が存在しない""という主張自体が""真理""になり、自己矛盾に陥ることになるからである。
同じような反論は相対主義、論理実証主義における意義の検証可能理論にも浴びせられている。
真理が存在しないに対するより高度な解釈として、""真理は存在するかもしれないが、それは実際には人間がアクセスできるものではない""とするのがあるが、この場合、ニヒリストがどうやってそれにアクセスしたかが問題となる。
これに対して、ニヒリストは真理に直接的にはアクセスしていないが、""真理は人間の境界内において結局獲得できるものではない""であることを過去の経験により導き出しそのような結論となった、というのは理にかなった答えかもしれない。このように、ニヒリスト達は""真理は人間が獲得できるものではない""であること悟ったと信じているため、彼らは真理を求める行為を無益と見なしている。
極端なニヒリズムとして、論理的な事柄の真理を人間が知ることはできないとするものがある。この場合、事実としてニヒリズムが矛盾に至ることは問題ではない、なぜならば矛盾は論理を受け入れる者に対して問題となるわけだから。
[編集] ニヒリズムの超克 存在しない形而上学的な原理を追い求めることは過程であり、迷いながらも自己を否定せずそれを理解すること。
引用終わり
虚無主義とは何なのか?
彼はキリスト教全盛の時代に「神は死んだ」と唱えています。彼の中には、「神自体、人が都合よく作ったもの」であり、「その神に基づく価値観は、それ自体が教会により都合よく作られたもの」だと考え「全ての価値は無価値である。」と唱えたのではなかろうか?
つまり、キリスト教の世界観の中だけでの価値観が氾濫する世の中ではあるが、それ以外の世界観から見れば、別な価値観が付与される。
すなわち、同一の価値観などは妄言に等しいということであろう。
現代において、神は形を科学技術に変え、そして今は地球環境に変わろうとしている。
それらを信じることにより、全ての問題が解決することなど妄言に等しい。全ては人が作った神なのだ。 しかし、人という限界から抜け出ることが出来ないのならば、そういった妄言を見分ける目を持った上で、逆に利用して生きていったほうが、人間の世では正解なのだろう。
それをニーチェは「超人」と呼んだ。
日本のことわざで「国敗れて、山河あり」というのがある。 私には、この言葉には、人の世と、それを超越する別の世が混在することを言い表しているように思えてならない。 「所詮、国などというものも人の作った虚構の世界、一度なくなってしまってもそこには自然が存在するだけであり、今までしがみついていた国などというものは何だったのだろうか?」 という意味があるように思う。
この世が幻想であり、虚構であることを知っていれば、国が滅ぶ前に、この世はただ単に繰り返されるだけのものであると気づくであろう。
そういったことを知りつつ生きていく姿がこの世ではいいのだろう。
概要 ニヒリズムとは、今まで最高の価値と人々がみなし、目的としていたものが無価値となった歴史的事態のことを言う。
「神が死んだ」後、私たちは科学という新たな神に未来を期待したが、第二次大戦は科学の恐ろしさを、あるいは科学進歩が必ずしも私たちの未来を明るくするものとは限らないということを証明した。
心理学者を自認するニーチェによれば、ニヒリズムは上記のような「精神状態」で、2080年ごろまで続くことになるが、このニヒリズムにおいて私たちが取りうる態度は大きく分けて2つある。
一つは、すべてが無価値、偽り、仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一生懸命生きるという態度(強さのニヒリズム)。もう一つは、何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム)。
ニーチェは前者を肯定し、永遠回帰の思想の下、自らを創造的に展開していく、鷹の勇気と蛇の知恵を備えた「超人」になることをすすめた。
ハイデガーによれば、ニヒリズムの温床は、現実や現世からの超越を主張する形而上学的立場だとされる。
したがって「ニヒリズムの超克」という視点は、「超克」ということにおいて、それ自身がニヒリズムとされ、ニヒリズムの克服を主張したニーチェは「最後のニヒリスト」と見なされる。
「ニーチェの最も過激な門人」と評されるユンガーは、現代世界は、ニヒリズムの境界を通過したと言い、ハイデガーとニヒリズム論を交換している。
[編集] 矛盾点
ニヒリズムはよく真理が存在しないとする信念と表されるが、このような信念を正しいとするのは難しいだろう。
なぜならばもし""真理が存在しない""が正しいとすれば、""真理が存在しない""という主張自体が""真理""になり、自己矛盾に陥ることになるからである。
同じような反論は相対主義、論理実証主義における意義の検証可能理論にも浴びせられている。
真理が存在しないに対するより高度な解釈として、""真理は存在するかもしれないが、それは実際には人間がアクセスできるものではない""とするのがあるが、この場合、ニヒリストがどうやってそれにアクセスしたかが問題となる。
これに対して、ニヒリストは真理に直接的にはアクセスしていないが、""真理は人間の境界内において結局獲得できるものではない""であることを過去の経験により導き出しそのような結論となった、というのは理にかなった答えかもしれない。このように、ニヒリスト達は""真理は人間が獲得できるものではない""であること悟ったと信じているため、彼らは真理を求める行為を無益と見なしている。
極端なニヒリズムとして、論理的な事柄の真理を人間が知ることはできないとするものがある。この場合、事実としてニヒリズムが矛盾に至ることは問題ではない、なぜならば矛盾は論理を受け入れる者に対して問題となるわけだから。
[編集] ニヒリズムの超克 存在しない形而上学的な原理を追い求めることは過程であり、迷いながらも自己を否定せずそれを理解すること。
引用終わり
虚無主義とは何なのか?
彼はキリスト教全盛の時代に「神は死んだ」と唱えています。彼の中には、「神自体、人が都合よく作ったもの」であり、「その神に基づく価値観は、それ自体が教会により都合よく作られたもの」だと考え「全ての価値は無価値である。」と唱えたのではなかろうか?
つまり、キリスト教の世界観の中だけでの価値観が氾濫する世の中ではあるが、それ以外の世界観から見れば、別な価値観が付与される。
すなわち、同一の価値観などは妄言に等しいということであろう。
現代において、神は形を科学技術に変え、そして今は地球環境に変わろうとしている。
それらを信じることにより、全ての問題が解決することなど妄言に等しい。全ては人が作った神なのだ。 しかし、人という限界から抜け出ることが出来ないのならば、そういった妄言を見分ける目を持った上で、逆に利用して生きていったほうが、人間の世では正解なのだろう。
それをニーチェは「超人」と呼んだ。
日本のことわざで「国敗れて、山河あり」というのがある。 私には、この言葉には、人の世と、それを超越する別の世が混在することを言い表しているように思えてならない。 「所詮、国などというものも人の作った虚構の世界、一度なくなってしまってもそこには自然が存在するだけであり、今までしがみついていた国などというものは何だったのだろうか?」 という意味があるように思う。
この世が幻想であり、虚構であることを知っていれば、国が滅ぶ前に、この世はただ単に繰り返されるだけのものであると気づくであろう。
そういったことを知りつつ生きていく姿がこの世ではいいのだろう。
2007年11月22日木曜日
この世は幻想である
車
電車
飛行機
携帯
PC
全て、幻想の賜物である。
この世の全てのものが、人の幻想を具現化したものである。
つまり、この世は、幻想で成り立っているのだ。
だから、社会生活上は幻想の姿を思い描く人々のみが生きていけるのである。
この世は幻想である。
お金でさえも幻想なのだ。
電車
飛行機
携帯
PC
全て、幻想の賜物である。
この世の全てのものが、人の幻想を具現化したものである。
つまり、この世は、幻想で成り立っているのだ。
だから、社会生活上は幻想の姿を思い描く人々のみが生きていけるのである。
この世は幻想である。
お金でさえも幻想なのだ。
2007年11月9日金曜日
日本は明確な階層社会(つまり差別で成り立っている)
ルース・ベネディクト
菊と刀
より
「…日本は近年いちじるしく西欧化されたにもかかわらず、依然として貴族主義的な社会である。人と挨拶をし、人と接触する時には必ず、お互いの間の社会的間隔の性質と度合いとを指示せねばならない。
日本人は他人に向かって’EAT’(食え)とか’SIT DOWN’(座れ)とか言うたびごとに、相手が親しい人間であるか、目下の者であるか、あるいはまた目上の者であるかによって別な言葉を使う。
同じ’YOU’でもそれぞれの場合に別な形を用いねばならないし、同じ意味の動詞が幾種類かの異なった語幹をもっている。…」
引用終わり
つまり、全ての日常の行動に階層社会の意識づけの要因が詰め込まれているのだ。
立ち居振る舞い、しゃべり方、歩き方、表情から仕草にいたるまで全て、許される行為と許されざる行為が明確に分かれており、許されざる行為は限られた雲上の人々にのみ許されているものと普段から教えられてきているのだ。
これこそ階層社会への道程であり、我々は進んで階層化させられてきたのだ。
暴力を振るうものは悪いのではなく、そういった階層(893)だと教えられてきているのだ。
なぜ、休日になるとチンピラ風な行動を取る輩が大量に発生するのか? 全てこの階層化社会が説明してくれている。
社会的集団の中で、最下層を占めている働き手は、「お客は大切なもの」と教え込まれる。
階層社会では上の階層への階段をどのように手に入れるかが重要になる。 誰もが虐げられたくはないからだ。
だからこそ、働き手ではなく、お客という上層の集団に週末のみ進んで住み込みたがり、普段よりも上層の行動を取ろうと躍起になるのだ 浅ましき階層社会。 カースト制といったほうが良いであろう。
「…日本は近年いちじるしく西欧化されたにもかかわらず、依然として貴族主義的な社会である。人と挨拶をし、人と接触する時には必ず、お互いの間の社会的間隔の性質と度合いとを指示せねばならない。
日本人は他人に向かって’EAT’(食え)とか’SIT DOWN’(座れ)とか言うたびごとに、相手が親しい人間であるか、目下の者であるか、あるいはまた目上の者であるかによって別な言葉を使う。
同じ’YOU’でもそれぞれの場合に別な形を用いねばならないし、同じ意味の動詞が幾種類かの異なった語幹をもっている。…」
引用終わり
つまり、全ての日常の行動に階層社会の意識づけの要因が詰め込まれているのだ。
立ち居振る舞い、しゃべり方、歩き方、表情から仕草にいたるまで全て、許される行為と許されざる行為が明確に分かれており、許されざる行為は限られた雲上の人々にのみ許されているものと普段から教えられてきているのだ。
これこそ階層社会への道程であり、我々は進んで階層化させられてきたのだ。
暴力を振るうものは悪いのではなく、そういった階層(893)だと教えられてきているのだ。
なぜ、休日になるとチンピラ風な行動を取る輩が大量に発生するのか? 全てこの階層化社会が説明してくれている。
社会的集団の中で、最下層を占めている働き手は、「お客は大切なもの」と教え込まれる。
階層社会では上の階層への階段をどのように手に入れるかが重要になる。 誰もが虐げられたくはないからだ。
だからこそ、働き手ではなく、お客という上層の集団に週末のみ進んで住み込みたがり、普段よりも上層の行動を取ろうと躍起になるのだ 浅ましき階層社会。 カースト制といったほうが良いであろう。
2007年11月1日木曜日
貧困への道程4~ラダックを見よ~
2007年10月25日木曜日
年次改革要望書要約
神州の泉 2007年10月18日、年次改革要望書要約
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2007/10/20071018_d782.htmlより
2007年10月22日 (月)
2007年10月18日、年次改革要望書要約
読者のcameramanさんより要望書要約のコメントをいただいたのでここに記す。cameramanさん、ありがとうございます。
年次改革要望書(要約)
通信技術
ワイヤレス通信分野のメーカへの減税(?)によって競争の促進。
ビデオ配信事業のルール作りを、透明、且つ最小限の規制にする。
NTT東と西に競争的値下げをさせる。助成金を出さない。他のキャリアの参入を促すようなコンサルタント、助成を行う。
情報技術
民間の参入を促し、ルール作りを透明化する。
政府のIT事業への入札を透明化する。
健康へのITの応用をプロモートする。
知的所有権をオンラインで盗まれる事を防止する。
知的所有権の防御ルールを世界レベルで作る、特にアジアで。
特にビジネスの場でのプライバシー確保に努力する。
医療器具及び薬品
先進的な器具、及び薬品に対する医療報酬の引き上げ。
器具、薬品の試験承認期間を短縮。
血漿製剤の値段を上げる。
栄養サプリメントに食品の一つとして権利を与える。
化粧品、半医薬品の承認過程を透明化。
金融サービス
規制の透明化。
貸し過ぎの防止にクレジットビューロー制度を導入する。
情報の共有化と共にファイアーウォールも整備する。
競争に関する方針
カルテルの許認可を厳しくする。
JFTC(Japan Fair Trade Commission)の手続きを公平、透明にする。
不正入札に対してペナルティーを強化する。
商法の改正、及びシステムの刷新
三角合併の成功例を再調査する。
会社乗っ取りの防衛策における、株主の保護策を図る。
コーポレートガバナンスを強化。
代理投票権を認める。
個人株主の保護。
外国企業の日本参入の障壁を下げる。
Article 821が外国企業の日本での活動に不利益を生まないようにする。
外国の弁護士を日本で活動させる。
透明性
政府御用達の弁護士による顧問グループを作る。
Public Coment Procedure(PCP)を行う機関の強化。
政府、及び省庁のコメントをより透明化して、より「普通の言葉」で表現する。
透明性の考え方をより一般化して、APECにおけるスタンダードにする。
その他の政府業務
銀行による保険販売を許す。
民間企業と共済の協業。
日本におけるビザ再発行の負担業務を軽減する。
農作物への薬物混入の許容値を、科学的に規定し、且つ検査を徹底する。
それを世界規模でスタンダード化する。
特区の推進。
民営化
郵政銀行に民間と同様の税金、規則を課す。
郵政銀行の貸し出し業務、保険業務、および元本非保証の投資業務を認可する前に、銀行と保険業界に同等の活動の場を与える。
宅急便業者に郵便局と同等の営業条件を与える。
ジャパンポストの刷新内容の透明化を強く求める。
流通
課税を下げる。
空港業務に民間企業の導入、及び透明性を高める。
配達用車両の一時的な駐車場所を確保する。
全ての流通物品への課税をすべての流通業者で同一とする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上です
日本の有志の方のなんと多いことか。
これを精査すれば、日本の未来が良くわかる。
2007年10月24日水曜日
年次改革要望書
18日に発表になりましたが、日本のメディアは取り上げたのだろうか?
私が見た限り、全くありません。 このことが、メディアが信頼できない証であり、政府が愚民化政策と低レベルでの相互監視統制政策のみ徹底して行っている証でもある。
年次改革要望書とは
年次改革要望書 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8
年次改革要望書 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索 このページは保護の方針により、編集保護されています。解除されるまで編集できません。
年次改革要望書(ねんじかいかくようぼうしょ)は、日本政府と米国政府が両国の経済発展のために改善が必要と考える相手国の規制や制度の問題点についてまとめた文書で、毎年日米両政府間で交換される。「成長のための日米経済パートナーシップ」の一環としてなされる「日米規制改革および競争政策イニシアティブ」に基づきまとめられる書類であり、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)という。
目次 [非表示]
1 概要
1.1 郵政民営化との関連
1.2 医療制度との関連
1.3 日本の内政との密接な関係
1.4 報道で年次改革要望書がほとんど扱われていないことについて
2 脚注
3 関連項目
4
外部リンク
4.1 日米規制緩和
概要 最初の日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書(年次改革要望書)が作成されたのは平成13年(2001年)であるが、これは先行する日本とアメリカ合衆国との間の規制緩和に関する対話に基づく双方の要望書の枠組みが現行のイニシアティブの形式に整えられたことによる。
由来をたどれば、1993年(平成5年)7月の宮澤喜一首相とビル・クリントン大統領との会談で決まったものとされている。『拒否できない日本』によれば、最初の要望書は1994年(平成6年)であった。 双方の要望書は両国政府によって公開されており、日本から米国への要望書については、外務省のウエブサイトにおいて公開されている。
同様に、米国から日本への要望書については、駐日米国大使館のウェブサイトに日本語訳されたものが公開されている。
米国側からの要望が施策として実現した例としては、建築基準法の改正や法科大学院の設置の実現、独占禁止法の強化と運用の厳密化といったものが挙げられる
。米国政府からの要望で実現していない項目としては、再販制度・特殊指定の廃止(2006年(平成18年)には公取委員長の新聞の特殊指定見直し方針に対して新聞業界が激しい抵抗を示したが、年次改革要望書の報道はなかった)が挙げられるが、年次要望改革書では引き続き取り上げられている。一方、日本側からアメリカ側への要望が実現しなかった例は、狂牛病に関しての全頭検査の実施などである。
また、米国側からの要望として上がっていたホワイトカラーエグゼンプションは、「労働時間の長時間化、サービス残業の合法化を招く」として反発の声が上がっている。こういった背景から「残業代ゼロ合法化」という指摘がなされている[1]。
郵政民営化との関連 郵政民営化もこの要求項目のひとつであって、2007年(平成19年)4月と期限を切っての要求があった。
そのため、郵政民営化反対派からは「郵政改革は米国からの要望書に応じるために行われており、国益に反している」と、民営化批判の1つの根拠とされた。
たとえば、民営化反対派である衆議院議員小泉龍司(2005年9月の総選挙で落選)は、2005年(平成17年)5月31日に開かれた郵政民営化に関する特別委員会において、要望書について「内政干渉と思われるぐらいきめ細かく、米国の要望として書かれている」と述べている。
また、竹中平蔵郵政民営化担当相は2004年(平成16年)10月19日の衆議院予算委員会で「(要望書の存在を)存じ上げております」と答弁した。
その後、竹中平蔵の知人のPR会社スリートは「郵政民営化・合意形成ターゲット戦略」を提出した[2]。
2005年6月7日の衆議院郵政民営化特別委員会では、国会議員の「郵政について日本政府は米国と過去1年間に何回協議をしたか」「米国の対日要求で拒否したものはあるか」という質問に対して、米国と17回協議したことを認めるも、対日要求についての具体的言及は避けた[3]。
そして、郵政法案の審議が大詰めを迎えた2005年(平成17年)8月2日の参議院郵政特別委員会で「(年次改革要望書を)見たこともありません」と一転した。竹中平蔵は、政策上の議論で植草一秀氏にまったく歯が立たなかった。[4]。
医療制度との関連 年次改革要望書によって変わってしまった日本の医療制度が、どのようであるか、どのようになるかについては、映画「SICKO」に詳しく描写されている。
日本の内政との密接な関係 1997年 独占禁止法改正・持株会社の解禁 1998年 大規模小売店舗法廃止、大規模小売店舗立地法成立(平成12年(2000年)施行)、建築基準法改正 1999年 労働者派遣法の改正、人材派遣の自由化(以後、ワーキングプアが激増する。) 2002年 健康保険において本人3割負担を導入 2003年 郵政事業庁廃止、日本郵政公社成立 2004年 法科大学院の設置と司法試験制度変更 2005年 日本道路公団解散、分割民営化、新会社法成立 2007年 新会社法の中の三角合併制度が施行 報道で年次改革要望書がほとんど扱われていないことについて 関岡英之、城内実などの識者は、以下の点から、年次改革要望書に関する報道が広く国民に充分になされていないのが事実だとしている。
建築基準法の改正提言には、アメリカ政府の介在がひとことも書かれておらず、法改正の新聞報道でもいっさい触れられていない[5]。
年次改革要望書の全文が日本のマスメディアで公表されたことはない[6] 。 郵政民営化をはじめとする構造改革の真相を国民が知ることとなったら暴動が起きかねないので、マスコミ対策は用意周到になされていた。郵政民営化に反対する政治評論家森田実が、ある時点からテレビ局に出演できなくなった[7]。
『赤旗』・一部夕刊紙以外の主要マスコミでは『年次改革要望書』が発表された事実そのものの報道もなされない。国会議員が国会で問題にしても、なぜか全国紙やテレビ局の政治部記者からは一件の取材もない[8]。
脚注 ^ 輿水正『911自作自演テロとオウム事件の真相』134頁 ^ 植草一秀『知られざる真実―勾留地にて―』119頁~121頁[蔑視されていた国民] ^ 『城内実の視点!(1)平成19年3月号』 ^ 植草一秀『植草事件の真実』104頁~113頁 ^ 関岡英之『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』50頁 ^ 前掲『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』54頁 ^ 『逓信・「輝」かがやき』2007年6月号「城内実の視点!(4)「改革」にだまされるな!」 ^ 『財界展望』平成18年4月号「黙殺される米国の「日本改造計画」米国「年次改革要望書」の正体」 関連項目 国際標準化 アメリカ合衆国 日本 独占禁止法 再販売価格維持契約 司法制度改革 行政改革 聖域なき構造改革 郵政民営化 規制緩和 日米同盟→日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約 関岡英之 外部リンク アメリカ政府から日本政府への要望書(仮和訳は在日米国大使館による) 2001年10月14日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2002年10月23日 - 英文、(仮和訳) 2003年10月24日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2004年10月14日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2005年12月7日 - 英文、(仮和訳) 2006年12月5日 - 英文、(仮和訳) 日本政府からアメリカ政府への要望書(仮英訳は日本外務省による) 2001年10月14日 - 和文、(仮英訳) 2002年10月23日 - 和文、(仮英訳) 2003年10月24日 - 和文、(仮英訳) 2004年10月14日 - 和文、(仮英訳) 2005年12月7日 - 和文、(仮英訳) 2006年12月5日 - 和文、(仮英訳) 規制改革及び競争政策イニシアティブ(英語) - 米国通商代表部 規制改革及び競争政策イニシアティブ - 日本国外務省 日米規制緩和 日米規制緩和対話(英語) - Internet Archive(米国通商代表部) 規制撤廃および競争政策に関する日米間の強化されたイニシアティブに基づく日本政府への米国政府年次要望書(2000年) - 駐日米国大使館 日本における規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する日本政府への米国政府要望書(1999年) - Internet Archive(駐日米国大使館) 日本における規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する日本政府への米国政府要望書(1998年) - 駐日米国大使館 日米規制緩和対話 - 外務省 "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8" より作成 引用終わり そして今年のものはここ↓ USTR - Regulatory Reform and Competition Policy Initiative http://www.ustr.gov/World_Regions/North_Asia/Japan/Regulatory_Reform_Initiative/Section_Index.html PDFで50ページにわたっている。 つまり日本はアメリカが日本人の代理人に日本運営を任していたのです。 FC加盟でもしたのかねぇ? 戦後歴史はすでに歪められ、何が起こったのかわかりづらくなっている。
私が見た限り、全くありません。 このことが、メディアが信頼できない証であり、政府が愚民化政策と低レベルでの相互監視統制政策のみ徹底して行っている証でもある。
年次改革要望書とは
年次改革要望書 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8
年次改革要望書 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索 このページは保護の方針により、編集保護されています。解除されるまで編集できません。
年次改革要望書(ねんじかいかくようぼうしょ)は、日本政府と米国政府が両国の経済発展のために改善が必要と考える相手国の規制や制度の問題点についてまとめた文書で、毎年日米両政府間で交換される。「成長のための日米経済パートナーシップ」の一環としてなされる「日米規制改革および競争政策イニシアティブ」に基づきまとめられる書類であり、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」(The U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative)という。
目次 [非表示]
1 概要
1.1 郵政民営化との関連
1.2 医療制度との関連
1.3 日本の内政との密接な関係
1.4 報道で年次改革要望書がほとんど扱われていないことについて
2 脚注
3 関連項目
4
外部リンク
4.1 日米規制緩和
概要 最初の日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書(年次改革要望書)が作成されたのは平成13年(2001年)であるが、これは先行する日本とアメリカ合衆国との間の規制緩和に関する対話に基づく双方の要望書の枠組みが現行のイニシアティブの形式に整えられたことによる。
由来をたどれば、1993年(平成5年)7月の宮澤喜一首相とビル・クリントン大統領との会談で決まったものとされている。『拒否できない日本』によれば、最初の要望書は1994年(平成6年)であった。 双方の要望書は両国政府によって公開されており、日本から米国への要望書については、外務省のウエブサイトにおいて公開されている。
同様に、米国から日本への要望書については、駐日米国大使館のウェブサイトに日本語訳されたものが公開されている。
米国側からの要望が施策として実現した例としては、建築基準法の改正や法科大学院の設置の実現、独占禁止法の強化と運用の厳密化といったものが挙げられる
。米国政府からの要望で実現していない項目としては、再販制度・特殊指定の廃止(2006年(平成18年)には公取委員長の新聞の特殊指定見直し方針に対して新聞業界が激しい抵抗を示したが、年次改革要望書の報道はなかった)が挙げられるが、年次要望改革書では引き続き取り上げられている。一方、日本側からアメリカ側への要望が実現しなかった例は、狂牛病に関しての全頭検査の実施などである。
また、米国側からの要望として上がっていたホワイトカラーエグゼンプションは、「労働時間の長時間化、サービス残業の合法化を招く」として反発の声が上がっている。こういった背景から「残業代ゼロ合法化」という指摘がなされている[1]。
郵政民営化との関連 郵政民営化もこの要求項目のひとつであって、2007年(平成19年)4月と期限を切っての要求があった。
そのため、郵政民営化反対派からは「郵政改革は米国からの要望書に応じるために行われており、国益に反している」と、民営化批判の1つの根拠とされた。
たとえば、民営化反対派である衆議院議員小泉龍司(2005年9月の総選挙で落選)は、2005年(平成17年)5月31日に開かれた郵政民営化に関する特別委員会において、要望書について「内政干渉と思われるぐらいきめ細かく、米国の要望として書かれている」と述べている。
また、竹中平蔵郵政民営化担当相は2004年(平成16年)10月19日の衆議院予算委員会で「(要望書の存在を)存じ上げております」と答弁した。
その後、竹中平蔵の知人のPR会社スリートは「郵政民営化・合意形成ターゲット戦略」を提出した[2]。
2005年6月7日の衆議院郵政民営化特別委員会では、国会議員の「郵政について日本政府は米国と過去1年間に何回協議をしたか」「米国の対日要求で拒否したものはあるか」という質問に対して、米国と17回協議したことを認めるも、対日要求についての具体的言及は避けた[3]。
そして、郵政法案の審議が大詰めを迎えた2005年(平成17年)8月2日の参議院郵政特別委員会で「(年次改革要望書を)見たこともありません」と一転した。竹中平蔵は、政策上の議論で植草一秀氏にまったく歯が立たなかった。[4]。
医療制度との関連 年次改革要望書によって変わってしまった日本の医療制度が、どのようであるか、どのようになるかについては、映画「SICKO」に詳しく描写されている。
日本の内政との密接な関係 1997年 独占禁止法改正・持株会社の解禁 1998年 大規模小売店舗法廃止、大規模小売店舗立地法成立(平成12年(2000年)施行)、建築基準法改正 1999年 労働者派遣法の改正、人材派遣の自由化(以後、ワーキングプアが激増する。) 2002年 健康保険において本人3割負担を導入 2003年 郵政事業庁廃止、日本郵政公社成立 2004年 法科大学院の設置と司法試験制度変更 2005年 日本道路公団解散、分割民営化、新会社法成立 2007年 新会社法の中の三角合併制度が施行 報道で年次改革要望書がほとんど扱われていないことについて 関岡英之、城内実などの識者は、以下の点から、年次改革要望書に関する報道が広く国民に充分になされていないのが事実だとしている。
建築基準法の改正提言には、アメリカ政府の介在がひとことも書かれておらず、法改正の新聞報道でもいっさい触れられていない[5]。
年次改革要望書の全文が日本のマスメディアで公表されたことはない[6] 。 郵政民営化をはじめとする構造改革の真相を国民が知ることとなったら暴動が起きかねないので、マスコミ対策は用意周到になされていた。郵政民営化に反対する政治評論家森田実が、ある時点からテレビ局に出演できなくなった[7]。
『赤旗』・一部夕刊紙以外の主要マスコミでは『年次改革要望書』が発表された事実そのものの報道もなされない。国会議員が国会で問題にしても、なぜか全国紙やテレビ局の政治部記者からは一件の取材もない[8]。
脚注 ^ 輿水正『911自作自演テロとオウム事件の真相』134頁 ^ 植草一秀『知られざる真実―勾留地にて―』119頁~121頁[蔑視されていた国民] ^ 『城内実の視点!(1)平成19年3月号』 ^ 植草一秀『植草事件の真実』104頁~113頁 ^ 関岡英之『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』50頁 ^ 前掲『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』54頁 ^ 『逓信・「輝」かがやき』2007年6月号「城内実の視点!(4)「改革」にだまされるな!」 ^ 『財界展望』平成18年4月号「黙殺される米国の「日本改造計画」米国「年次改革要望書」の正体」 関連項目 国際標準化 アメリカ合衆国 日本 独占禁止法 再販売価格維持契約 司法制度改革 行政改革 聖域なき構造改革 郵政民営化 規制緩和 日米同盟→日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約 関岡英之 外部リンク アメリカ政府から日本政府への要望書(仮和訳は在日米国大使館による) 2001年10月14日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2002年10月23日 - 英文、(仮和訳) 2003年10月24日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2004年10月14日 - 英文、(仮和訳)(同PDF) 2005年12月7日 - 英文、(仮和訳) 2006年12月5日 - 英文、(仮和訳) 日本政府からアメリカ政府への要望書(仮英訳は日本外務省による) 2001年10月14日 - 和文、(仮英訳) 2002年10月23日 - 和文、(仮英訳) 2003年10月24日 - 和文、(仮英訳) 2004年10月14日 - 和文、(仮英訳) 2005年12月7日 - 和文、(仮英訳) 2006年12月5日 - 和文、(仮英訳) 規制改革及び競争政策イニシアティブ(英語) - 米国通商代表部 規制改革及び競争政策イニシアティブ - 日本国外務省 日米規制緩和 日米規制緩和対話(英語) - Internet Archive(米国通商代表部) 規制撤廃および競争政策に関する日米間の強化されたイニシアティブに基づく日本政府への米国政府年次要望書(2000年) - 駐日米国大使館 日本における規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する日本政府への米国政府要望書(1999年) - Internet Archive(駐日米国大使館) 日本における規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する日本政府への米国政府要望書(1998年) - 駐日米国大使館 日米規制緩和対話 - 外務省 "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8" より作成 引用終わり そして今年のものはここ↓ USTR - Regulatory Reform and Competition Policy Initiative http://www.ustr.gov/World_Regions/North_Asia/Japan/Regulatory_Reform_Initiative/Section_Index.html PDFで50ページにわたっている。 つまり日本はアメリカが日本人の代理人に日本運営を任していたのです。 FC加盟でもしたのかねぇ? 戦後歴史はすでに歪められ、何が起こったのかわかりづらくなっている。
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