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2007年9月23日日曜日

誰なんだ?君たちは…。

以下引用↓ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー テレビが世論誘導を始めた(森田実の言わねばならぬ 567) 天木ファン http://www.asyura2.com/07/senkyo42/msg/164.html 投稿者 天木ファン 日時 2007 年 9 月 19 日 09:29:00: 2nLReFHhGZ7P6 2007.9.18(その1) 森田実の言わねばならぬ[567] 平和・自立・調和の日本をつくるために【381】 【自民党総裁選分析〈1〉】 政治権力に利用されるテレビ――喜び勇んで政治権力の手先の役割を果たすテレビのキャスターとコメンテーター 郵政民営化の世論誘導で味をしめた政治権力者と権力者の手先のテレビ会社幹部がまた動き出した 自衛隊のアフガン給油活動延長問題でテレビがまた世論誘導を始めた 「テレビは人間にとって危険である。悪ははなされた。…もはやだれもこの地獄の機械の進行を妨げることはできない。明日になれば人々は…もはや考えることもなくなるだろう。そしてもっとも悲しい人生を送って死ぬのだ」(ルイ=フェルディナン・セリーヌ、『世界毒舌大辞典』より) --------------------------------------------------------------------------------  9月16日(日)午前、フジテレビ、NHK、テレビ朝日の政治報道番組が終わった直後に電話が鳴った。同世代の友人からの電話だった。彼はこう言った。 《また、テレビが世論誘導を始めた。テレビは完全に政府・自民党の側に立っているね。なにがなんでもテロ特措法を延長させようと、露骨な世論誘導を始めた。ところで、君は岩見という政治評論家を知っているだろう。ぼくは中立的な言論人と思っていたが、彼の発言を聞いて驚いた。民主党幹部に向かって、「インド洋における自衛隊の活動の情報がないのにどうして反対するのか。何も知らないのの反対するのか」と詰め寄っていた。  岩見のように一見中立的な政治評論家まで、テロ特措法を通過させようと動き出している。竹村健一や田原総一朗はもともと権力の手先ジャーナリストだが、テレビに出演するコメンテーター全員がテロ特措法延長を支持しているのには驚いた。2年前の小泉郵政民営化解散の時と同じだ。  テレビは危険だねえ。テレビが朝から晩まで政府・自民党の手先になって「延長しないと大変だ。日本は国際社会で孤立する」と叫びつづけたら、世論は影響を受けるだろう。  世論調査ではいまのところ「延長反対」のほうが多数だが、これが逆転したら、政府・自民党とテレビは鬼の首でも取ったように、民主党叩きを始めるだろうね。そうしたら、また前原誠司副代表らの政府・自民党の手先が動き出すかもしれない。  テレビは政治権力の手先になって世論をアフガン戦争継続の方向へ誘導しようとしている。テレビは本当に危険だ》  この電話が終わるとまた電話が鳴った。若い友人からの電話である。彼はこう言った。  《安倍退陣、福田登場の日本の政局の動きには、米国政界、広告界、経済界の関与があるという情報が入りました。2年前の郵政民営化の時と似ています。テレビを中心にした大がかりな世論誘導が始まっています》  政治権力の手先になったマスコミほど危険なものはない。とくにテレビは大変に危険である。とくに問題なのは、テレビ局の幹部、キャスター、プロデューサー、ディレクター、コメンテーターがすべて傲慢になり、政治権力の手先になったときの危険度は計り知れないほど大きくなる。  すでにテレビは国民生活の中に入り込んでしまっている。テレビをなくすことは不可能である。しかし、国民の中の良識によって、ある程度まではテレビの悪影響を抑えることが可能である。それ以上に大切なことは、テレビ局幹部、キャスターらが謙虚さを身につけ、テレビの魔力を抑制する努力を内部から行うことである。テレビ局よ、謙虚さを身につけよ! http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C03685.HTML ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 引用終わり 以下コメント 日本は大いなる実験国家ではないかと最近思い始めた。 防衛能力をそぎ、思考力を殺ぎ、感情だけで生きていく生物国家に仕立て上げられているのではないか? 大いなる管理者(政府)から無料で与えられる情報というコントロールを元に、自分で考えているように「思わされている人々」のなんて多いことか。 多くの人々は、危機になればパニック防止という名目によって避難・脱出行為を国に明け渡し、自宅待機を命じられ、自分で逃げることさえも奪われている現実に気づくことさえ出来ないであろう。 東海村の臨界事故当日、地域人民には自宅待機を命じた政府・自治体を思い出して欲しい。 思考能力を奪われた人は、自宅待機が被爆の可能性を伴ったもので、パニック防止の観点から人身御供になったのだと気づかずにいたのだ。 私は、パニック防止という名目によって、自宅軟禁にさせられ、被爆させられる現実を忘れない。 結果被爆しても政府は、全く補償しないし責任も取らない、しかも勝手に行動すると、将来は国民保護法の観点から逮捕・監禁の可能性がある。 また、各種保険は核の事故には効かない現実を知っているのだろうか?戦争・暴動でも効かないのを知っているのだろうか? 人民は家畜と同じだということが良くわかるだろう。 最近の災害によって、政府・自治体の避難勧告を聞かない方に対しバッシングが出るようになった。そのうち、消防は助けに来ないか、事後、救出料金を請求するようになるだろう。 我々は、政府の「管理下におかれる事に抵抗を覚えてはならない」よう教育されているのだ。 考える力、自力で生き残るための判断力を明け渡し、バカになれと彼らは災害のたびに伝えているのだ。 TVでは毎日のように3S番組と政治のことを自主的に考えていると「思わされている方々」用の、政治ショウ番組であふれかえっている。 いっそのことTVなんぞは捨ててしまえばすっきりするのに…。 誰なんだ?バカにしたがるのは。

2007年7月17日火曜日

柏崎原発はどうなった?

水蒸気が出ている原発写真↓阿修羅より CNNのレポート↓ http://edition.cnn.com/2007/WORLD/asiapcf/07/16/japan.quake/index.html The 6.8-magnitude quake triggered an automatic shutdown at the plant in the city of Kashiwazaki, in Niigata prefecture, when a small fire broke out in an electrical transmission facility, the Tokyo Electric Power Co. reported. Black smoke was seen rising over the plant, which is one of the largest producers of nuclear power in the world. At least seven people were reported killed and hundreds more injured after the earthquake struck off the northwest coast of Japan on Monday morning. Four women and three men -- all elderly -- were among the known victims while around 800 people were hurt, Japanese national police and national broadcaster NHK reported. Around 300 hundred homes were also destroyed in Kashiwazaki -- which appeared to have borne the brunt of the damage -- with 2,000 people evacuated, The Associated Press reported quoting local officials. The earthquake struck at 10:13 a.m. (0113 GMT) and was centered 17 kilometers below sea level, the Japanese Meteorological Agency reported. Minor shaking was reported in Tokyo, about 240 kilometers (150 miles) south of its epicenter. The Japanese Meteorological Agency issued a tsunami warning for Sado Island and the coast of Niigata prefecture, where waves were expected to rise about 50 centimeters (20 inches). The warning was lifted about an hour later. An aftershock of 5.6 magnitude was measured five hours later, centered about 10 kilometers below sea level, the agency said. Niigata was hit by a trio of earthquakes in 2004 that killed 25 people and injured more than 1,200. Prime Minister Shinzo Abe was campaigning in Nagasaki ahead of forthcoming parliamentary elections when the earthquake struck, but flew back to Tokyo and then on to Kashiwazaki to lead a government task force assessing the damage, the Japanese government reported. "Many people told me they want to return to their normal lives as quickly as possible," Abe told reporters in Kashiwazaki, AP reported. "The government will make every effort to help with recovery."

  以上引用終わり

原発の電力はどうなったのであろうか? 原発に電力を供給できなくなれば、どのように原子炉を冷やしていくのだろうか? なにも知らされないので調べるしかありません。

以下気になる記事を引用する。

<引用初め> http://ng-nd.hp.infoseek.co.jp/matuo/matuo28.html

★ 原発と地震(2) --------------------------------------------------------------------------------
●1月17日に起きた阪神・淡路大震災。「これは本当に今、この日本で起こっていることなのか…」と誰もが思ったに違いない。そして同時に「もし原発をこんな大地震が襲ったらどうなるのだろう」という不安を多くの人が持ったことだろう。ましてや目の前に原発が立っている地元の人々にとっては、より具体的な恐怖の対象となったはずである。…鉄道はもちろん、道路は寸断され逃げ道は断たれる。救援隊も来られない。周囲には目に見えない放射能が漂う。ライフラインは破壊され、除染もできない。ボランティアなど望むべくもない。時間が経っても汚染のため復興はままならず、土地を放棄しなくてはならなくなるだろう。果たして安全な所に避難できるのだろうか… ●「豆腐の上の原発」(東京電力柏崎刈羽原発)、「ナマズの上の原発」(中部電力浜岡原発)という言葉に象徴される、地震大国日本の原発群。阪神大震災の後でも国や電力会社は「大丈夫」と強弁している。 ---原子力発電所を造るには、活動可能性のある活断層はないか、過去に大地震は起きたか、近辺で直下型地震が発生する可能性があるかなどを調べて設計します。原発の耐震基準は平均三百数十ガルですが、それは岩盤上でのこと。地震の揺れは地表では3倍になりますから、1000ガルに相当する訳です。400ガル以上が震度7ですから(阪神大震災級でも)大丈夫と言えます。(通産省資源エネルギー庁公益事業部原子力発電安全企画審査課長藤富氏のコメント95年2月22日中日新聞) 藤富氏は知らないのだろうか。原発の立地は土地買収が先で活断層などの調査は後回しであり、何も活断層がない所を選んでいる訳ではないことを。また、地表面の揺れが岩盤の3倍という根拠はあるのだろうか。岩盤が崩壊することはないのだろうか。実験もしていないのに震度7でも大丈夫とどうして言えるのだろうか。国も電力会社も「大丈夫」というお題目を唱えるだけで、こういった疑問には全く答えようとしない。 今回の大震災の被害を考える時、51基もの原発と10を越える核関連施設をかかえる日本に生きているということに恐怖心を抱くのは私だけではないはずだ。 ●では改めて、新聞等に公表された資料をもとに原発の耐震性について検証してみたい。

【図1】は全国の各原発の耐震設計値(水平動)と今回の阪神大震災での揺れを比較したものである。阪神大震災の揺れは地表面で最大818ガル(水平)であったが、国や電力会社が主張するように岩盤上の揺れはその1/2から1/3として、400~300ガルという値を用いた。
まず図中AS、Aで示した原発の耐震分類について説明しておこう。
右上【表1】を見ていただきたい。原発施設はその全てが高度の耐震設計で建設されている訳ではない。放射能の放出を防ぐという観点から、重要度ごとにAS、A、B、Cの4クラスに分けられ、それぞれ耐震基準が異なっている。
このような分類を設けたのは本来ならば全部ASクラスにすべきだが、そうすると建設コストが膨大なものになってしまうからという経済的理由による。
つまり安全切り捨て=利益優先の思想である。原発という超危険な施設内でこのように耐震設計のバラツキがあるということは非常に重大な問題を孕んでいるが、この点は後述する。
では【図1】に戻ろう。 阪神大震災はほとんど全ての原発の耐震基準を越える 図を見てわかるようにAS、A クラスとも阪神大震災の揺れ400 ガルを上回ったのは原電東海、中部浜岡3・4のわずか3基に過ぎない。
しかし、例えば敦賀2のASクラスの設計値は500ガルを越えており(532ガル)、安心できるように思えるが、実はそうではない。この532ガルという値は瞬間的な一回限りの最高値であって、実質的には375ガル程度である(このことは他の原発にも言えるだろう)。

阪神大震災の揺れは約20秒間続いており、従って瞬間的な揺れを云々しても何の保証にもならない。 電力会社は「耐震性を独自に調査して安全を確認した」とコメント、但し調査データについては「企業秘密」としている。

また資源エネルギー庁と科学技術庁は「各電力会社が阪神大震災級の地震を想定して、安全を確認しているようだ」(傍点筆者)と話している(同毎日新聞)。

ここまで言い切るのなら、根拠となるデータを公開し、国民が納得できるようにきちんと説明すべきあろう。 原子炉容器(AS)が無事でも、配管が破れ緊急炉心冷却装置(A)が作動しなければ大惨事百歩譲って原子炉容器や格納容器は岩盤上に建設され、さらにASクラスの耐震設計だから「大丈夫」としよう。
ところがこのことは裏を返せば、Aクラス以下の機器は壊れてしまう可能性があるということなのだ。
地表面に建てられ、1000ガルの揺れに襲われるタービンと岩盤上に据え付けられた原子炉を結ぶ配管が無事でいられるとはとても考えられない。
配管が破断し、緊急炉心冷却装置も壊れてしまえば冷却水喪失、そして炉心溶融。外部から電気を送る送電系統が破壊されれば外部電源喪失、炉心冷却不能、そして同じく炉心溶融。タービンが破壊されれば、その巨大な金属性の羽根がミサイルとなって格納容器や配管などを破壊することもあり得るのだ(タービンミサイルという)。
いくら原子炉の中心部を強化してところで、周辺に亀裂が入れば結局共倒れになってしまうのである。 国も電力会社もこの共倒れ事故はあり得ないとして、全く評価していない(その膨大な数の事故の可能性と深刻さから、原発の推進ができなくなることを恐れているのである)。 ●このように原発の耐震性に重大な疑義が生じている現在、原発を停止させる以外に根本的な解決方法はない。巨大地震が起こってからでは遅いのである。

<引用終わり>

外部電源が損傷した場合には緊急用電源がその代わりをするようだが、一体どれほど持つのだろうか?
また、炉心の冷却水を限られた電源だけで長時間運用できるのだろうか?
しかも、放射能もれが確認されたようだ。
非常に難解な問題に対応している最中だとは思いますが、何も語られないんのはどういうことだろう?

パニック阻止が一番なのか?

それとも今後の原発政策に影響が出るからなのか?

また、炉が大丈夫であっても炉内が損傷を全く受けていない、もしくは炉以外の各種多様な配管が損傷を受けていないといえるのだろか?

しかも、糸魚川周辺から太平洋まではフォッサマグナ地帯として有名である。


以下 http://www.city.itoigawa.niigata.jp/fmm/detail-menu/130fossa-equ/fossa-eqs.html より引用

<引用初め>

フォッサマグナと地震 フォッサマグナを画する構造線と地震との間には、何か関係があるのでしょうか?フォッサマグナの中の地震を調べてみると、フォッサマグナと地震との関係を示す以下の3つの地域が浮かび上がってきます。 松田(1955)、鈴木(1985)、角田(1997)より
1.信濃川地震帯  新潟地震、三条地震、長岡地震、善光寺地震などの地震が起きています。明治時代の地震学者、大森房吉は信濃川に沿う地震多発帯を信濃川地震帯とよびました。大きな地震が起きると、他の地震が連鎖的にこの地震帯上に起こることが特徴です。  信濃川地震帯は新潟平野~長野盆地~松本にかけてのびていて、新発田-小出構造線に平行です。このことは新発田-小出構造線に平行な大断層が、信濃川地震帯直下に伏在していることを示しています。この地震帯は、新潟市から日本海に出てプレート境界線につながっており、この地震帯がユーラシアプレートと北アメリカプレートの真の境界だという人もいます。
 2.糸魚川-静岡構造線中央部  糸魚川-静岡構造線は中央部が全長150kmの活断層ですが、その北端、南端部は活断層の証拠が見つかっていません。断層をほって調べるトレンチ調査によって、松本付近の牛伏寺(ごふくじ)断層が活断層で、1000年に8mをこえる日本最大級の変位量を示し、断層間隔は1000年かそれ以下とわかりました。最近の活動は西暦841年なので、1000年以上起こっていないことになります。そのため糸魚川-静岡構造線中央部が日本の活断層の中で最も危険な断層といわれています。
3.関東平野西部の異常震動帯  関東平野は荒川、利根川が運んだ土砂に埋め立てられ、活断層の露出があまり多くありません。しかし大宮南部の荒川断層帯、岩槻付近の綾瀬川断層が知られていて、北西~南東方面にのびています。またこの地域では、付近に地震が起こると揺れが集中的にあらわれ、周囲よりもよくゆれる帯状の領域、異常震動帯が知られています。熊谷-岩槻異常震動帯、秩父-三鷹異常震動帯などがそれで、いずれも北西~南東方向にのびています。  この北西~南東方向の活断層帯、異常震動帯は柏崎-千葉構造線と一致もしくは平行であり、これらはフォッサマグナができたころの東縁断層を反映していると考えられます。

  <引用終わり>

どうやら、意図的にこういった情報をメディアに流さないようにしていると思われる。

気象庁も東電の原発関連部署も相当な自体であると把握しているのであろう。

しかも安部首相もヘリから視察したようだから、関係次官から説明は受けていることであろう。

炉心は緊急停止したようだが、最悪の事態は脱したといえるのだろうか? 何とか最悪の事態を避けて欲しいと思います。

2007年5月9日水曜日

ヴィトゲン・シュタインはかく語れり

「疑うことは、信じることである。」

ヴィトゲン・シュタインの言葉です。


彼が言いたいのは

「何が本当か信じていなければ、何が疑わしいかわからない。」

ということです。

つまり、かれは「疑うときには必ず何かを信じている」というのです。

「本当に内臓があるのだろうか?」ということは「(内臓があると信じているけれど)本当に内臓があるのだろうか?」

というのと何も変わらない。

このカッコにはさまれた部分が暗黙のうちにわれわれが信じていることではないでしょうか?

だからこそ、「疑うということは、信じるということである」といえるのです。

逆にいえば、「信じることが出来ない人には、疑うことさえも不可能である」ということになります。

本質を見抜くためには必ず必要になる視点ですね。

このように、よく考えてみれば案外見落としている前提(ある場合は指摘されたくない前提)が見つかるものです。

わたしはこういった視点を持つべきだと声高々に言いたいのです。

言葉は人を支配します。

これはどうしようもない事実であります。

その支配を逃れたければ、何も見ない・聞かない・感じないという状況を作るしかありません。

ですので、言葉はよくよく考えて使うべきでしょう。

今、目にするあらゆる広告、政治家の答弁、ニュース原稿、映像、新聞記事など全てのものが、程度の差こそあれ、このような視点にさらされても、ある程度耐えられるように作られています。

言い換えれば、わざと前提を隠したりします。
特に政治的に微妙で扱いにくいようなものこそ、こういったものの出番であり、わざと判りやすく書いたり、巧妙に隠したり、言い換えて視点をずらしたりしています。

ですので、意識的にそういった視点を持ったほうが面白いと思います。

たとえば、ある人は言いました

「仕事は楽しんでやるものではない」と。

これはどういうことでしょう?

これから言える事は「苦しんで初めて仕事になりうる」「楽しんでいる全ての物事は決して仕事になりえない」ということです。

一体、苦しんだ状態でどうやってゲストに接しられるのでしょう?

楽しんでいる限り仕事とはみなされないわけですから、「楽しむ=悪」と扱われますね?

もしかしたら、評価の対象になるかもしれません。

そういった矛盾を平気でおっしゃる方がままいるのです。

私のいたところはそういった方がおられました。

それでいて、「サービスが悪い」といって怒られるわけですから、何かがおかしいとしか言いようがありません。

かれは、自分の言葉で自分の首を絞めてしまっているのですが、実際には何も気づいてはいないのではないでしょうか?

言葉はよくよく考えて使わねばなりません。

私は意地悪なものなので、そういったことはあまり訂正せずに(その上の上司には色々報告する)世間にさらしたままにしますが、その世間がそういった矛盾に気づかない場合、誰かが声をあげて直接指摘するしかありません。

私のいたところは、誰も指摘はしていないようです。

いや、誰かがしているかもしれません。

しかし、その方はいまだにご顕在でいらっしゃるようです。


反面教師としては逸材ではありますが…。


語調がおかしかったり、強い言い回しだったりしましたので、少し書き換えたり、文を加えたりしましたが、内容には手を加えてありません。5月10日10時35分(日本時間)

2007年4月26日木曜日

ちょっと面白い記事

http://alternativereport.seesaa.net/article/40065096.htmlより転載

国家消滅
 ・・・2つの歴史書を巡って・・・


英国人による歴史上初めての英国の歴史書、
ディヴッド・ヒューム著「英国史」全8巻
・・そして最近翻訳されたノーマン・デイヴィスの英国史、
「アイルズ」(共同通信社)1400ページもとにかく長い。

「自分の国はこんなにすごい歴史を持っている」という
愛国心の発露で書き始められるから、当然長くなる。


しかし書き終わると全く逆の結果になる。

英国の歴史は、英国の支配を拒否するアイルランド、
スコットランド、ウェールズ等との凄まじい血みどろの
殺し合いの歴史であり、平静な「国家としての統一」など
あった試しが無い。

愛国心あふれる著者達は、英国史についての調査と執筆が
進むに従い、次第に暗い筆致になって行く。

[続きはここから]


また「英国人」という民族の統一を探れば、北欧ノルマン
からの流民、フランスからの流民に行き着く。

戦争に敗北し、欧州本土から逃げて来た「落ち武者」 である。

現在のエリザベス2世等の英国王室は、ドイツからの移民
一族でしか無い。

「民族的統一」を探しても、他民族からの流民と「落ち武者」
の混合物でしかない。


「固有の民族文化」を探っても、ノルマン、フランス、
ドイツ等からの輸入文化に行き着く。

「国家」の統一の礎石となる「民族、文化の同一性」など
有りもしない捏造話である事が、知識と研究の進展に従い
明らかになる。


「国家の統一、固有の民族、文化」など無知の代名詞である
事が分かって来る。

そして国家主義者ほど国家解体論者になる。

最後に博覧強記の哲学者ヒュームは、とうとう
「全ては疑わしい」という懐疑論者になってしまった。


ヒュームと異なり、いい加減で無責任な者だけが
国家主義を唱える。


サッカーのワールドカップを見ると、英国ではなく
アイルランドはアイルランドとして、
ウェールズはウェールズとして参加している。

著者達はそれで良いのだと言う。

国家など「嘘話」であったのだから、アイルランドは
アイルランドとして国際社会に参画すれば良い事になる。

また世界中が、英国ではなくアイルランドとして国際試合へ
の参加を認めている。

国家など「嘘話」であった事を世界中が認め始めている。
日本だけが、教育現場で強制的に日の丸を掲げ、
君が代の歌を
歌わせ始めている。

時代錯誤の北朝鮮の金正日同様、日本の安倍政権は
「安倍正日」である。


国家についての研究を終生の課題とした学者達の行き着いた
結論について、耳を傾けるのも無意味ではないかも知れない。


国家等などというものには実体が無く、人間の空想の産物で
ある事を論証した物として(日本では霞ヶ関の官僚=霞ヶ関
のビルと、その中で働くサラリーマン=セメントと鉄骨の塊
とサラリーマンの軍団を何故か「国家」と呼んでいる)
・・ベネディクト・アンダーソン著「想像の共同体」
NTT出版


「国家統一」の基盤である「固有の民族・伝統文化」
といったものが、「統一」のために捏造された虚偽である点に
ついて
・・エリック・ボブズボーム著「創られた伝統」
紀伊国屋書店


哲学、言語学の視点から「国家」というものが、実体の無い
捏造された「虚偽体制」である事を証明し、この虚偽が人間の
認識を誤らせている点について
・・ 吉本隆明著「共同幻想論」角川書店
転載終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

存在を解釈するにいたって、一番重要なのは教育です。
前回も述べましたように、教育によって存在は「解釈」されるのです。
石という「存在」を石という文字でしかわれわれは「解釈」できないのです。
石自体の「存在」と石という文字はまったく別物なのに!

われわれがそこに存在しているものを解釈するには教えられることでしかできないのです。

壮大なる虚像の中で生きていかねばなりません……

2007年3月22日木曜日

はじめに

堅苦しい題でありますが、たいしたことはないのです。
ただ単に世の中を見て、成立過程とか背景とか行動の本質とかいろいろ考えてしまうたちなもので、そういったことを忘れずに記録しておいて将来に役立てばいいなと思っているのです。
やはり、個人的にはこの世の本質といいますか根本といいますか、そういったものがどういったものであるのか私は知りたいだけなもので、もちろん、自分の考えとかいうものは理路整然としたものになっているかといったらそうなってもいないわけで、ある部分では矛盾なりあると思うのです。しかし、そういったことがこのブログを通して浮き彫りになってくるだけでも自分としてはうれしいもので、自分の考えを整理するのに非常に役立つわけであります。
でも、そう簡単にスムーズに物が運ぶとは思ってもいないわけでして、最初のうちは試行錯誤の繰り返しでやっていき、そのうちにもだんだんと習慣を用いた効率化をはかり、一定のスタイルが出てくるのを待つ形になると思うのです。あまり大上段に構えても続かないとも思いますしね。
最初はスタイル化を求めて行こうと思います。